勝間和代さんが同性との交際を公表されました。
同性を愛するということ 勝間和代のカミングアウト https://www.buzzfeed.com/jp/daisukefuruta/katsuma-masuhara?utm_term=.oubE8ar7G
私は最近になって勝間さんのロジカル家事の本を読み、自分自身の判断基準をしっかりと定めてそれに沿って行動する生き方とと相反するように会話のように親しみやすい文章に感銘を受けて「カツマー」になりつつありました。
そんなタイミングのニュースだったので、夫が休憩中にわざわざ「勝間さんがネットで話題になってるよ」と知らせてきたほど。
ご自身のプライベートを告白する事は勇気が必要だったと記事でも仰っているが、本当にそうだったと思う。
「私が好きな人と好きなように過ごして何が悪いのよ」と思っていても、告白する事で他人からの接し方が変わるかもしれない、覚悟はしていても傷付く言葉をかけられるかもしれない、そういった言葉や態度が自分の知らない所で自分の大切な人を傷つけてしまうかもしれない、等と考えると疑惑を持たれたとしてもわざわざ公表しなくていいのでは、と考えた事もあったのではないだろうか。
それでも勝間さんは公表した。自分を勇気づけてくれた人たちのように、自分の行動が誰かの勇気につながればという思いから。
勝間さんの意図の通り、いろんな人の考えるきっかけになって誰かの勇気に繋がったらいいと思う。
私が同性愛に対して考えるきっかけになったのは、高校生の時に出会った一人の男の子だった。一学年下だった彼は皆で放課後を一緒に過ごす仲間の一人で、その中でも私たちは特に気が合って二人でいる時間も多くなった。
彼から同性(男性)が好きかもしれない、と告白を受けたのは、知り合ってしばらく経ってからの事だったと記憶している。もともと中性的な彼の告白に私はさして驚きはせず、むしろ腑に落ちる事の方が多かった。彼の告白をすんなり受け入れ、私は彼の唯一の恋愛相談相手になった。けれど、この時私は彼の事を、正確には彼の苦悩や葛藤は一つも理解していなかったと思う。
2人だけでコイバナで盛り上がっているうちはよかった。今日は何回目が合ったとか会話したとか、相手とどんなデートがしたいと妄想してはしゃいでいる内はそれでよかった。次第に彼は自分の気持ちを抑えきれず、告白をしたいと言い出した。うまくいく可能性が低い事はわかっているけど、気持ちを発散したい。もしかしたら、0.001%でも可能性はあるかもしれない、と。
真剣に相談する彼に、私はどうアドバイスしたらいいのかわからなかった。異性への告白だったら、頑張れ!とか当たって砕けろ!とか言えたかもしれない。でも、それは言えなかった。告白した相手が、彼の事をイロモノ扱いして同級生に広めるかもしれない。同性に恋愛対象として見られている事にショックを受けるかもしれない。そして、彼にひどいことを言ってしまうかもしれない。私はとにかく、自分の大切な友人が彼自身の潜在的素質が原因で傷付く事が怖かった。
好きな人に好きと伝える、そんな当たり前の事が当たり前に出来ない。彼は何か意図があって男性を好きになった訳ではなく、そういう性質で、その自分の素直な気持ちに気付いただけなのに。その時、私は初めて彼が抱えている、そしてきっとずっと抱える事になるだろう苦悩や葛藤の辛さを理解したのだった。
結局、彼は私が的確なアドバイスを見付ける前に好きな人に告白をした。結果はノーだったが、相手の少年もとても理解のある人で、彼にひどい言葉もかけなかったし、同級生に広めたり、彼が学校に行きにくくなるような事にはしなかった。
初の失恋を経験は、彼に自分の性的嗜好をはっきりと認識させるきっかけになったのだと思う。それから彼は自分の生き方を悩み、同じ気持ちを理解しあえる相手を求めて色々なコミュニティに参加したりし始めていた。アンダーグラウンドな世界に足を運び、心許せる人との出会いもあったけれど、怖い経験もして挫けそうにもなっていた。
私は話を聞く事しか出来なかった。彼の他に同じような人は身近にいなかったし、私自身が同性愛の友人がいる事を自分の周囲の人たちに言えず、彼へのアドバイスを相談する事も出来なかった。当時、レインボーパレードのような参加しやすいイベントがあれば、もしくは私が知っていたら、一緒に参加してみようと行動が出来たかもしれない。10年くらい前の事だけど、当時はそういった情報はまだまだ少なく、その環境で私は彼の為に立ち上がる事が出来なかったのだ。
お互いに大学に入って地元を離れた事もあり、次第に疎遠になってしまったが、私は今でもセクシャルマイノリティの話題になると彼の事や、彼と話したたくさんの事を思い出す。この10年で社会は変わって、少しずつだけど彼らが自分に正直に生きる環境が作られつつあると感じている。それでもまだまだ、自分の気持ちを正直に表現する事は勇気がいる事なんだ。勝間さんの告白の記事を読んで改めて思った。
あらゆる人が自分に正直に生きられるように、もっともっと少しずつ色々な人の考え方が変わっていけばいい。私もせめて私の周囲にいる人達くらいは、正直に生きられるような環境だったり雰囲気を持てる人間になれたらいいなと思う。
そんな事を、勝間さんの記事を読んで考えさせられた。
2018年5月29日火曜日
2018年5月25日金曜日
お腹と足の話
31歳。妊娠しました。
まもなく18週。5ヶ月目真っ最中です。
もちろん妊娠は5ヶ月前に発覚していたのだけど、家族以外の人々にいつ・どのように伝えるのがわからず直接会う人や、言わなきゃいけない状況になった場合だけさらっと伝えて5ヶ月を過ごしました。
この「言わなきゃいけない状況」の見極めが難しかった。
そもそも私は今、生まれた土地でも学生時代を過ごした場所でも無く夫の仕事にくっ付いてきただけの縁も馴染みも無い土地に住んでいて、夫と職場の人を除くと会おうと思って時間と労力を割かないと会えない(もちろん金銭的負担も相当大きい)。
そんな中でも、旅行がてら会いに来てくれる友人や、次地元に帰ってくれるタイミングを探ってくれる友人には、予定がドタキャンになるかもしれないという可能性も含めて妊娠を報告できるけれど、そうじゃない人達にはどう伝えていいのかわからなかった。
というのも、妊娠ってそれだけ悩むほどデリケートな話題だと思うから。
特に初期は、妊娠が継続できる確率がまだまだ不安定でそれに伴って自分の精神状況も非常に不安定だった。中期に入り、流産の確率が統計上は低くなっても、安全に生まれる可能性は100%ではない。
更に、妊娠報告は受け手側の気持ちも様々だと思う。私自身、20代後半頃から同世代の結婚・妊娠報告を聞くと多少なりとも焦りを感じた。誰にというわけでは無いが「あなたはどうするつもりなの?」と問われているような気持にもなった。プロポーズされた報告や引っ越しした報告とは訳が違う。
そんな訳でしばらくは言わなきゃいけない状況に陥らない場合は公表していなかったが、体調が安定するに伴って自分のメンタルが持たなくなってきた。
言わなきゃいけない状況ではない場合は妊娠の報告をせずにラインのやり取りをする。インスタやコメントでやり取りをする。当たり障りない返信をする。私にとって今一番のトピックは妊娠で、食事・睡眠・外出といった基本的生活をするにも、先の計画を立てるにも、キャリアプランを考えるにも出産と子供の事は切り離せないのに、私はそれを相手に伝えていない。嘘をついているような、相手を騙しているような気持になり辛くなった。(本当は嘘をついていない。「最近どう?」と聞かれたら「妊娠した」と返答していた気がする。でもそもそも「最近どう?」ってあんまり聞かれないし聞かない。)
うすうす感づいていたけど、私は自分の事を知ってほしいかまってちゃんだった。言い訳をすると、かまってくれなくてもいいけど、知っててほしい、頭の隅に置いておいてほしい、くらいに。
それに加えて、隠し事が苦手だ。ASDの特徴でもあるけど、空気が読めない事に加えていっていい事悪い事の分別もつかない。自分が考えている事は何かに包んだりせずにそのまま伝えたい。
モヤモヤした挙句、先日安定期に入ったタイミングでインスタとフェイスブックで妊娠の報告をした。読みたくない人はすぐに画面を閉じられるし、コメントをしなくてもいい自由度が個別のやり取りよりいいかなと思い、SNSを使った。一方で個別にやり取りをする程ではないけど繋がってる人達への近況報告にもなるかなと思った。公開すると、いくつかのお祝いメッセージをいただいた。優しさが嬉しいと同時にくすぐったくもなって、やっぱり報告しなきゃよかったかな、とか面倒くさくても個別に報告すべきだったかな、とか面倒くさい感情も沸いたけど、一番は数ヶ月の悩みの種が無くなって、スッキリした。
やっぱり私は知ってほしがりちゃんなんだな。
ここ一ヶ月、ブログを開く気が起きなかったのも同じ思考からだった。言えないこと・書けないことがあるだけで、何を書いたらいいのかわからなくなる。書ける事だけ書く、というのは私にとってあまりに器用で難易度の高い事だった。
でもそのストレスから解放された私は、これからは包み隠さず思いのままに妊娠生活の事を書いていこうと思う。というのも、私自身が妊活をしていて、そして人に公表しにく妊娠初期のデリケートな時期に同じような状況の人が書いた記事を片っ端から読んで共感する事で自分の気持ちを落ち着かせていたから。知ってほしがりちゃんな上に知りたがりちゃんでもあるのだった。
知りたがりちゃんから少しばかりでも誰かの活力になればという気持ちも込めて、これまでの5ヶ月とこれから産むまでの記録を綴っていこうと思う。
蛇足だけど、妊娠して改めて気付いたことがある。
私の足首は象の足首にそっくりだった。甲が高くて幅が広い。足首が太い(きゅっと締まっていない)ので、ぼてっとしているのだった。
気付いたのは来月結婚式に参列するための靴を買った時。妊娠6ヶ月に入り体も重くなってくるので、お呼ばれ服に似合うけどヒールが低い靴を買いに行った時だった。デパートの靴売り場にも該当する素敵な靴は沢山あったけど、試着するとどれもこれも似合っていない。太い足首から続く傾斜のある足の存在感が強く、ヒールの無い靴がかすんで見えるのだった。足首や甲にリボンや紐の装飾がある靴は、太さが際立って見える。一言で言うとボテっとしていた。「これ、何かに似ているな」と鏡越しに映した横側からの自分の足首~足を見て思い出したのは、象の足だった。
そっか、私の足は象の足だったんだ。これまでスニーカーやブーツや、おしゃれをしなきゃいけない時は頑張ってそこそこの高さのヒールをはいていたから気付かなかったけど。肉付きの問題かと思って骨格を触ってみたりしたけど、体のつくりの問題でダイエットでカバーできる範囲ではないような気がする。
靴選びは苦戦したけど、2センチヒールのオシャレ靴をどうにか見付ける事が出来た。
が、子供の自分の足で立って歩けるようになるまでしばらくはヒールは封印する事になりそうだ。妊娠して直視した自分の足首の太さ。親が子供に教えてもらうことがたくさんあるとは言うが、産まれる前からの話らしい。お腹の中の私の子よ、ありがとう。
まもなく18週。5ヶ月目真っ最中です。
もちろん妊娠は5ヶ月前に発覚していたのだけど、家族以外の人々にいつ・どのように伝えるのがわからず直接会う人や、言わなきゃいけない状況になった場合だけさらっと伝えて5ヶ月を過ごしました。
この「言わなきゃいけない状況」の見極めが難しかった。
そもそも私は今、生まれた土地でも学生時代を過ごした場所でも無く夫の仕事にくっ付いてきただけの縁も馴染みも無い土地に住んでいて、夫と職場の人を除くと会おうと思って時間と労力を割かないと会えない(もちろん金銭的負担も相当大きい)。
そんな中でも、旅行がてら会いに来てくれる友人や、次地元に帰ってくれるタイミングを探ってくれる友人には、予定がドタキャンになるかもしれないという可能性も含めて妊娠を報告できるけれど、そうじゃない人達にはどう伝えていいのかわからなかった。
というのも、妊娠ってそれだけ悩むほどデリケートな話題だと思うから。
特に初期は、妊娠が継続できる確率がまだまだ不安定でそれに伴って自分の精神状況も非常に不安定だった。中期に入り、流産の確率が統計上は低くなっても、安全に生まれる可能性は100%ではない。
更に、妊娠報告は受け手側の気持ちも様々だと思う。私自身、20代後半頃から同世代の結婚・妊娠報告を聞くと多少なりとも焦りを感じた。誰にというわけでは無いが「あなたはどうするつもりなの?」と問われているような気持にもなった。プロポーズされた報告や引っ越しした報告とは訳が違う。
そんな訳でしばらくは言わなきゃいけない状況に陥らない場合は公表していなかったが、体調が安定するに伴って自分のメンタルが持たなくなってきた。
言わなきゃいけない状況ではない場合は妊娠の報告をせずにラインのやり取りをする。インスタやコメントでやり取りをする。当たり障りない返信をする。私にとって今一番のトピックは妊娠で、食事・睡眠・外出といった基本的生活をするにも、先の計画を立てるにも、キャリアプランを考えるにも出産と子供の事は切り離せないのに、私はそれを相手に伝えていない。嘘をついているような、相手を騙しているような気持になり辛くなった。(本当は嘘をついていない。「最近どう?」と聞かれたら「妊娠した」と返答していた気がする。でもそもそも「最近どう?」ってあんまり聞かれないし聞かない。)
うすうす感づいていたけど、私は自分の事を知ってほしいかまってちゃんだった。言い訳をすると、かまってくれなくてもいいけど、知っててほしい、頭の隅に置いておいてほしい、くらいに。
それに加えて、隠し事が苦手だ。ASDの特徴でもあるけど、空気が読めない事に加えていっていい事悪い事の分別もつかない。自分が考えている事は何かに包んだりせずにそのまま伝えたい。
モヤモヤした挙句、先日安定期に入ったタイミングでインスタとフェイスブックで妊娠の報告をした。読みたくない人はすぐに画面を閉じられるし、コメントをしなくてもいい自由度が個別のやり取りよりいいかなと思い、SNSを使った。一方で個別にやり取りをする程ではないけど繋がってる人達への近況報告にもなるかなと思った。公開すると、いくつかのお祝いメッセージをいただいた。優しさが嬉しいと同時にくすぐったくもなって、やっぱり報告しなきゃよかったかな、とか面倒くさくても個別に報告すべきだったかな、とか面倒くさい感情も沸いたけど、一番は数ヶ月の悩みの種が無くなって、スッキリした。
やっぱり私は知ってほしがりちゃんなんだな。
ここ一ヶ月、ブログを開く気が起きなかったのも同じ思考からだった。言えないこと・書けないことがあるだけで、何を書いたらいいのかわからなくなる。書ける事だけ書く、というのは私にとってあまりに器用で難易度の高い事だった。
でもそのストレスから解放された私は、これからは包み隠さず思いのままに妊娠生活の事を書いていこうと思う。というのも、私自身が妊活をしていて、そして人に公表しにく妊娠初期のデリケートな時期に同じような状況の人が書いた記事を片っ端から読んで共感する事で自分の気持ちを落ち着かせていたから。知ってほしがりちゃんな上に知りたがりちゃんでもあるのだった。
知りたがりちゃんから少しばかりでも誰かの活力になればという気持ちも込めて、これまでの5ヶ月とこれから産むまでの記録を綴っていこうと思う。
蛇足だけど、妊娠して改めて気付いたことがある。
私の足首は象の足首にそっくりだった。甲が高くて幅が広い。足首が太い(きゅっと締まっていない)ので、ぼてっとしているのだった。
気付いたのは来月結婚式に参列するための靴を買った時。妊娠6ヶ月に入り体も重くなってくるので、お呼ばれ服に似合うけどヒールが低い靴を買いに行った時だった。デパートの靴売り場にも該当する素敵な靴は沢山あったけど、試着するとどれもこれも似合っていない。太い足首から続く傾斜のある足の存在感が強く、ヒールの無い靴がかすんで見えるのだった。足首や甲にリボンや紐の装飾がある靴は、太さが際立って見える。一言で言うとボテっとしていた。「これ、何かに似ているな」と鏡越しに映した横側からの自分の足首~足を見て思い出したのは、象の足だった。
そっか、私の足は象の足だったんだ。これまでスニーカーやブーツや、おしゃれをしなきゃいけない時は頑張ってそこそこの高さのヒールをはいていたから気付かなかったけど。肉付きの問題かと思って骨格を触ってみたりしたけど、体のつくりの問題でダイエットでカバーできる範囲ではないような気がする。
靴選びは苦戦したけど、2センチヒールのオシャレ靴をどうにか見付ける事が出来た。
が、子供の自分の足で立って歩けるようになるまでしばらくはヒールは封印する事になりそうだ。妊娠して直視した自分の足首の太さ。親が子供に教えてもらうことがたくさんあるとは言うが、産まれる前からの話らしい。お腹の中の私の子よ、ありがとう。
2018年4月12日木曜日
毒親とはちょっと違うんだけど
今日は8ヶ月通った病院の最後の診察だった。
職場復帰をしてからも月1ペースで通い続けていたが、心穏やかに過ごせるようになってきたし、もともと薬を処方されていなかったので前回の診察の時に「問題なければ次回で終わりで」と医師から提案されており、予定通り終了となった。
最後の診察で、私がアドバイスを求めたのは両親の事だった。
母とは半年以上会っていないがラインでのやり取りがあり、その中で最近傷付く発言があり、それ以来母親のアカウントをブロックしていたのだった。
嫌だからってブロックなんて子供っぽいし、既読スルーとか未読スルーすれば済むのに、と自分で思いながらも、親にとって私は子供だし(屁理屈だけど)実際ブロックしてから気持ちがモヤモヤする事がなくなった。スルーとブロックは全然違う。急用があるなら電話してくればいい。
とはいえ、ブロックしてそれで縁を切って終了!とはなれなかった。親子だからだ。
私の両親は、私が思い出しても他人から見ても私にたっぷりの愛情を注いでくれた。父は昼夜関係なく働き、進学や引っ越しや結婚といった大金が必要な時は惜しみなく援助してくれたし、専業主婦の母はとにかく私のことを最優先して沢山の時間や労力を注いでくれた。おかげで私は何不自由なく、我慢や飢えを知らずに大人になった。
それでも、自分の発達障害や鬱の事を考えるたびに、私は両親への複雑な気持ちを抱えていた。両親は愛情を注いでくれたけれど、私には受け皿が無かった、私が欲しい愛情とは違った、と表現するとしっくりくる。私の為を考えるばかりに意見が押しつけがちになる両親に対して、自分の考えをまとめるのに時間がかかる私はちゃんと反論する事が出来ず、泣いたり喚いたりする事しかできなかった。細かい「ああしてほしかった」という事はたくさんあるけれど、一番は私の話をもっと聞いてほしかった。時間はかかったかもしれないけれど、自分の言葉で話すまで聞いていてほしかった。
親に素直になれなかったモヤモヤを30歳を過ぎて夫が解消してくれている点が沢山あり、夫はそれを悩みながらも本を読んで知識をつけたり努力をしてくれている。妻が私でなければしなくて済んだ負担を沢山かけてしまっている。なのに、遺伝上私を構成する要素である親が理解せず、大した歩み寄りの努力もしていない(ように見える)事が腹立たしかった。
夫が私の両親に病気の事を伝えた時(私は不在)、母は小さい頃から本当に大変な子だったんですとめそめそ泣き、父はこんなに理解のある男性と巡り合えて本当に良かった、本当にありがとう。今後ともどうぞよろしくと言って頭を下げたらしい。が、いやいや。夫に丸投げしてハイ終わりじゃないでしょ!夫の負担は誰のせいだと思っているの?8割は私自身でも残りの2割はあなた達(父母)でしょ?(夫は0割でしょ?)というのが私の感想だった。(そう言って、報告してくれた夫を前にひと暴れした。大迷惑。)
そんなような事を医師に伝えると、いつも通りごもっともな返答をくださった。
・親子だからといって理解してもらえると思わないほうがいい。
・私自身の感情をそのまま伝えると、親は自分の考え方・子育てを否定されたと感じて拒絶される可能性もあるので、伝えずに済むのであれば伝えないままでいるのも一つの解決策。特に私の場合、親とは距離を置いた方がよさそう。
・理解しあう為に、親と共に精神科を受信して親子関係を修復する治療法もあるが、それ自体を理解しない親も多いのでそれを選択するかは考えたほうが良い。
・歩み寄る方法の一つとして、子育てや介護といった同じ目的の為の協力者としてであれば、結果的に理解しあえるかも。
・協力者として近くで過ごす場合も、親として甘える存在というよりは効率よく物事を解決するために自分の苦手な事を助けてもらう存在として考えたほうが良い(ビジネスライクに)。目的が達成されたり、助けが不要に感じたらきれいさっぱり離れればよい。
説明の折に「そもそも理解されていたら今の状態になっていなかったから」とか「親達は受けてきた教育や社会の概念が違うから」とか、ハッキリぶった切ってくれた事もありがたかった。(やはり私ははっきり言ってもらった方が納得できる。)その上で「親御さんもきっと頑張ってこられたと思うから、そこは認めてあげましょう」と第三者から言われたのは初めてで、今までのモヤモヤがすっと消えたようにすっきりした。
なぜって親子関係のモヤモヤって、友人や同僚といった第三者には非常に伝えにくい。そもそも親に対して無条件の信頼を寄せている人にはなかなか理解してもらえないし、私の親の愛情深さを知っている人は「きっと分かり合えるよ」と(きっと私の為を思って)楽観的なコメントで終わらせてしまう。育児放棄や虐待、両親間のトラブルなど話し相手が想像しやすい出来事があった訳でないし、親に感謝している事も沢山あるのでそもそも説明もしにくく私自身が最後まで思いの丈を話せた経験もあまりない。私自身も親と何となく距離をおいてうやむやにしていた。発達障害や鬱の診断が無ければ、うやむやのままいられたと思う。
第三者として、精神科の専門医として医師のアドバイスは的確で、おかげで最後の診察でも私達夫婦はスッキリして気持ちよく終えることが出来た。前からこの医師に信頼を寄せている夫は「(私の親の事を)知っているかのようなコメントですごい」と感動していた。仕舞には「先生のアドバイスの引き出し、まだまだありそうだな~もっと引き出したいな~」と主旨の逸れた発言もしていたが、毎回待合室が大混雑の病院に、好奇心だけで通うのは気が引けるのでご提案通り通院終了とさせて頂いた。
最後にも「何かあったらいつでも来てくださいね」と言ってくれた。
会計を待っている間、8ヶ月前の初診の自分を思い出した。
ずっと下を向いていて症状を伝える為に口を開くと涙が止まらなかった。そもそも病院への予約電話は途中で電話を切ったし(ちなみにそれ以来病院への予約電話は出来ないまま)診察を待つ間に「私なんかが診察受けちゃダメだ」と自虐的になって帰ろうとしたこともあった。夫が外に電話を掛けにいっている間に自分の順番になり、夫が横にいないことにパニックになった事もあった。
それに比べて、今日の私は元気だ。待合室ではクイズアプリに不正解を出す夫に憎まれ口をたたき、会計待ちの間はその後に行く事を決めていたラーメン屋で何を食べるか考えてお腹が鳴るのを必死に堪えていた。
私、元気になったかも。それもこれも先生のおかげです。あと、忙しいのに診察に毎回付き合ってくれた夫も。感謝感謝。
職場復帰をしてからも月1ペースで通い続けていたが、心穏やかに過ごせるようになってきたし、もともと薬を処方されていなかったので前回の診察の時に「問題なければ次回で終わりで」と医師から提案されており、予定通り終了となった。
最後の診察で、私がアドバイスを求めたのは両親の事だった。
母とは半年以上会っていないがラインでのやり取りがあり、その中で最近傷付く発言があり、それ以来母親のアカウントをブロックしていたのだった。
嫌だからってブロックなんて子供っぽいし、既読スルーとか未読スルーすれば済むのに、と自分で思いながらも、親にとって私は子供だし(屁理屈だけど)実際ブロックしてから気持ちがモヤモヤする事がなくなった。スルーとブロックは全然違う。急用があるなら電話してくればいい。
とはいえ、ブロックしてそれで縁を切って終了!とはなれなかった。親子だからだ。
私の両親は、私が思い出しても他人から見ても私にたっぷりの愛情を注いでくれた。父は昼夜関係なく働き、進学や引っ越しや結婚といった大金が必要な時は惜しみなく援助してくれたし、専業主婦の母はとにかく私のことを最優先して沢山の時間や労力を注いでくれた。おかげで私は何不自由なく、我慢や飢えを知らずに大人になった。
それでも、自分の発達障害や鬱の事を考えるたびに、私は両親への複雑な気持ちを抱えていた。両親は愛情を注いでくれたけれど、私には受け皿が無かった、私が欲しい愛情とは違った、と表現するとしっくりくる。私の為を考えるばかりに意見が押しつけがちになる両親に対して、自分の考えをまとめるのに時間がかかる私はちゃんと反論する事が出来ず、泣いたり喚いたりする事しかできなかった。細かい「ああしてほしかった」という事はたくさんあるけれど、一番は私の話をもっと聞いてほしかった。時間はかかったかもしれないけれど、自分の言葉で話すまで聞いていてほしかった。
親に素直になれなかったモヤモヤを30歳を過ぎて夫が解消してくれている点が沢山あり、夫はそれを悩みながらも本を読んで知識をつけたり努力をしてくれている。妻が私でなければしなくて済んだ負担を沢山かけてしまっている。なのに、遺伝上私を構成する要素である親が理解せず、大した歩み寄りの努力もしていない(ように見える)事が腹立たしかった。
夫が私の両親に病気の事を伝えた時(私は不在)、母は小さい頃から本当に大変な子だったんですとめそめそ泣き、父はこんなに理解のある男性と巡り合えて本当に良かった、本当にありがとう。今後ともどうぞよろしくと言って頭を下げたらしい。が、いやいや。夫に丸投げしてハイ終わりじゃないでしょ!夫の負担は誰のせいだと思っているの?8割は私自身でも残りの2割はあなた達(父母)でしょ?(夫は0割でしょ?)というのが私の感想だった。(そう言って、報告してくれた夫を前にひと暴れした。大迷惑。)
そんなような事を医師に伝えると、いつも通りごもっともな返答をくださった。
・親子だからといって理解してもらえると思わないほうがいい。
・私自身の感情をそのまま伝えると、親は自分の考え方・子育てを否定されたと感じて拒絶される可能性もあるので、伝えずに済むのであれば伝えないままでいるのも一つの解決策。特に私の場合、親とは距離を置いた方がよさそう。
・理解しあう為に、親と共に精神科を受信して親子関係を修復する治療法もあるが、それ自体を理解しない親も多いのでそれを選択するかは考えたほうが良い。
・歩み寄る方法の一つとして、子育てや介護といった同じ目的の為の協力者としてであれば、結果的に理解しあえるかも。
・協力者として近くで過ごす場合も、親として甘える存在というよりは効率よく物事を解決するために自分の苦手な事を助けてもらう存在として考えたほうが良い(ビジネスライクに)。目的が達成されたり、助けが不要に感じたらきれいさっぱり離れればよい。
説明の折に「そもそも理解されていたら今の状態になっていなかったから」とか「親達は受けてきた教育や社会の概念が違うから」とか、ハッキリぶった切ってくれた事もありがたかった。(やはり私ははっきり言ってもらった方が納得できる。)その上で「親御さんもきっと頑張ってこられたと思うから、そこは認めてあげましょう」と第三者から言われたのは初めてで、今までのモヤモヤがすっと消えたようにすっきりした。
なぜって親子関係のモヤモヤって、友人や同僚といった第三者には非常に伝えにくい。そもそも親に対して無条件の信頼を寄せている人にはなかなか理解してもらえないし、私の親の愛情深さを知っている人は「きっと分かり合えるよ」と(きっと私の為を思って)楽観的なコメントで終わらせてしまう。育児放棄や虐待、両親間のトラブルなど話し相手が想像しやすい出来事があった訳でないし、親に感謝している事も沢山あるのでそもそも説明もしにくく私自身が最後まで思いの丈を話せた経験もあまりない。私自身も親と何となく距離をおいてうやむやにしていた。発達障害や鬱の診断が無ければ、うやむやのままいられたと思う。
第三者として、精神科の専門医として医師のアドバイスは的確で、おかげで最後の診察でも私達夫婦はスッキリして気持ちよく終えることが出来た。前からこの医師に信頼を寄せている夫は「(私の親の事を)知っているかのようなコメントですごい」と感動していた。仕舞には「先生のアドバイスの引き出し、まだまだありそうだな~もっと引き出したいな~」と主旨の逸れた発言もしていたが、毎回待合室が大混雑の病院に、好奇心だけで通うのは気が引けるのでご提案通り通院終了とさせて頂いた。
最後にも「何かあったらいつでも来てくださいね」と言ってくれた。
会計を待っている間、8ヶ月前の初診の自分を思い出した。
ずっと下を向いていて症状を伝える為に口を開くと涙が止まらなかった。そもそも病院への予約電話は途中で電話を切ったし(ちなみにそれ以来病院への予約電話は出来ないまま)診察を待つ間に「私なんかが診察受けちゃダメだ」と自虐的になって帰ろうとしたこともあった。夫が外に電話を掛けにいっている間に自分の順番になり、夫が横にいないことにパニックになった事もあった。
それに比べて、今日の私は元気だ。待合室ではクイズアプリに不正解を出す夫に憎まれ口をたたき、会計待ちの間はその後に行く事を決めていたラーメン屋で何を食べるか考えてお腹が鳴るのを必死に堪えていた。
私、元気になったかも。それもこれも先生のおかげです。あと、忙しいのに診察に毎回付き合ってくれた夫も。感謝感謝。
2018年4月4日水曜日
女である自分
10代の頃、私は女子特有のグループ付き合いが苦手で事あるごとに男に生まれ変わりたいと思っていた。
かといって、漫画に登場するボーイッシュな子のように男の子っぽい恰好をしたり、スポーツが得意だったわけでもない。思った事をそのまま言うと次の日から仲間外れにされたり、興味のない誰かの片思いに協力するという口実で貴重な休日に遊びに付き合わされる事が嫌だった。自分の唯一の趣味である好きなゲームや音楽の話を女子のグループ内ですると白けてしまうのも苦痛だった(それは私の話がマニアックだったからなのだけれど)。その時に話し相手になるのは男子だけだったから、ただそれが楽しくて男子になりたいと思っていただけだった。男子には男子の厳しい競争社会がある事は気付いていなかった。
大人に近づくにつれて、(あたりまえだけど)男に生まれ変われない事も女子ならではうま味がある事(女子大生というだけで奢ってもらえる回数がぐっと増えた)も気付き始めて、学生生活も大学になると面倒くさいグループから離脱しても大した痛手は無く、女である自分を否定する事は無くなっていった。そしていつの間にか、女性が主役である結婚式というライフイベントに心奪われ、一日の大半を女性と関わる事に費やすウエディングプランナーの仕事をした。
プランナーの経験を通して更に興味が深まったのは、ライフスタイルによって変化する女性の価値観だった。本能的に競争して能動的に働くことがインプットされている男性以上に、女性の心理や思考は奥深い。まだぼんやりとしているけれど、女性が輝ける社会が私の理想であるし、その為に貢献できる仕事がこれから出来たらいいなと考えている。
女性である事を否定することから始まり受け入れ魅了されてきた私の読書遍歴を振り返ってみたら、やっぱり女性作家が中心だった。
それまで漫画や絵本や子供向け小説ばかり読んでいた私がエッセイを初めて読み漁ったのがさくらももこさんだった。幼少期にちびまる子ちゃんが大好きだった私は、母が録画してくれたまるちゃんを台詞を覚えられるほど繰り返し見た。「どうせ私なんて」という卑屈な精神や何かの近道を探ろうとする怠け癖や、それでも家族や友達を見捨てることはしない優しさや、いろんな口癖をまるちゃんから影響された。
さくらももこさんの実体験に基づいたまるちゃんのストーリーのより踏み込んだ内容が書いてあるエッセイを読みふけって、文字だけでこんなに感情が揺さぶられるんだと感動した事を覚えている。
大学生の頃は、とにかく色んな世界観を知りたくて本屋に山積みにされている本を文庫を中心に読んでいった。東野圭吾さんや伊坂幸太郎さんの作品が大好きで、特に伊坂さんの独特の思想には思春期の不安定な心境が何度も救われた。
そのころにデビューした湊かなえさんは処女作の「告白」から新刊が出る度に必ず買うほど大好きだし、小川糸さん、有川浩さんの本も今も新しい作品を見掛けるとつい手に取ってしまう。
大学を卒業して、林真理子さんの小説を読んで現実社会によくある問題の切り取り方がすごく面白くて作者にも強烈に興味を持った。林真理子さんの出身地である山梨県に住んでいた親近感もあり、エッセイを何冊か読んだ。自分がブスで不器用なことを嘆いても仕方ない。それでも欲しい物を手に入れる為に努力するのよ!という姿勢がまぶしくて、励まされて、なにくそ精神のエネルギーを沢山もらった。
最近出された本でも、今はSNSで誰でも好きなように意見が出来るけど、ほとんどの人が匿名ですぐに逃げられる。けれど私達作家は実名で顔も出したうえで意見をしているの。だから何か言うとすぐにネットで叩く人や炎上させる人がいるけど、こっちは死ぬ気で言ってるのよ!言うからには根拠がちゃんとあるのよ!というような事を冒頭で言っていて、本屋で立ち読みをしながら身震いがした。その日は荷物が多くて買い逃してしまったけれど、タイトルも控えなかったので見つけられず買っておけばよかったと猛烈に後悔している。やっぱり本も一期一会なんだよなぁ。私にとって林真理子さんは女性が女性として生きるための活力をくれる人だ。姿や名前を見掛けるたびに、心の中で「真理子さんがおっしゃってる!」と最上級の敬意を示している。
ちなみに社会人になってから自己啓発本やビジネス本を意識して読むようにしたけれど、ビジネス本でも特に会社での自分の在り方や仕事の仕方の本になると、著者が女性の方が断然共感できた。このあたりで改めて、男と女は根本的に違うんだと認識するようになった。
最近出会って大好きなのは益田ミリさん。初体験は旅行エッセイだったけど、それからコミックエッセイも見掛けるとすぐに手に取って読んでいる。作家という能動的な仕事をしているのに文章からうかがえる著者自身や登場人物は基本的に内向的で、それが私にとってとても共感出来て読みやすかった。
人からの目線とか気にしちゃうけど、結局は自分が楽しいとか嬉しいとか居心地いいとか、そういうことが大事なんだよな、とミリさんの本を読んで感じた。無理しないで生きる事が大事。でも、無理しない事は何も始めない事や挑戦しない事とはイコールではない。無理しない範囲で、ちょっとずつ始めていけばいいんだ、とミリさんの本の影響で最近考えるようになった。
最近の私は、女性の特権である母になる事を望み、その為にどうしたらいいか、そして自分が母になっても一人の女性として活き活きするにはどうしたらいいのんだろう?という事ばかりを考えている。その時に浮かぶのはこれまで出会った女性だったり、女性が書いた文章だったり、とにかく女性発信のものだった。色々考える内に「そういえば私、女が嫌い!女である自分が嫌だ!とずっと思ってたよなー」とふと思い出した。そして、そう言いながら女性発信の物ばかり求めていたことも。今もだけれど、自分の事って本当に見えていない、わかっていないなと思ったのでした。
2018年3月25日日曜日
季節のかわりめ
気が付いたら3月もあと1週間。うっかり3月の更新回数0になるところだった。何を競っているわけではないけれど、1月に始めたブログが3月に既に更新しなくなるってどうなの?と思うので、頭の中にある事をダラダラ。
【考えるきっかけ】
3ヶ月間毎週楽しみに見ていたドラマが終わってしまった。『アンナチュラル』『BG』『99.9%』『隣の家族は青く見える』を最後まで楽しんだ。(ちなみに『君が心に棲みついた』は登場人物の心の病み具合に引っ張られそうになり、途中で離脱。)『アンナチュラル』はミステリー好きの夫も気に入っていた。見終わった後にお互いに見つけた伏線を言い合うのが面白かった。
それ以上に記憶に残っているのが『隣の家族は青く見える』だった。松山ケンイチと深田恭子という、アラサーの私には10代の頃にいっぱいドキドキさせられた二人が夫婦役で、妊活に励んでいく。テーマが妊活だけだと視聴者が絞られるからなのか、二人が住むコーポラティブハウスに住む他の家族たちも事実婚、お受験ママ、同性愛など背景が込み入っていて、見ている側に色々なテーマを投げかけていた。
このドラマも毎週夫婦で見て、見終わるとドラマで語られていたテーマについて2人で話をした。ネットで目にした関連記事でも話題になっていたが、不妊治療の様子がとてもリアルに細かく映されていた。前半では超混雑する産婦人科の待合室や、その中で他人事のように振る舞う夫達など…ここまで映しちゃうの?という場面がたくさんあった。これは後で知ったことだが、ドラマの医療監修をされた産婦人科の医師が製作陣にドラマではなく教育番組として知識をきちんと伝えてほしい、という思いで不妊治療の一般的な流れや用語などをドラマに組み込んでもらっていたらしい。そのリアルさが、まさに妊活なうな私たち夫婦にはグサグサ刺さったのだった。
印象に残っているシーンは沢山あるのだが、一つ昔の自分を見ているようでいたたまれなくなったシーンが後半の放送回であった。不妊治療に苦戦する深キョン演じる奈々が意を決して職場の人たちに不妊治療をしていることを宣言する。その為に体力を使う仕事のシフトを変わってもらうなど迷惑をかけてしまうがよろしくお願いします、と。上司の男性はもっと早く相談してくれてよかったのに、と快諾するが、若い女性スタッフは微妙な雰囲気。そして次の回で女性スタッフ同士で、不満を漏らす。不妊治療とか妊娠っていうと何でも許される傾向があるよね、と。そばで聞いていた上司にお互い様だからそういう風に言ってはいけないと指摘されて場面は展開するのだが、私は女性スタッフ達がかつての自分と重なって見えていたたまれなくなった。口にはしなくても同じような事を思っていたことが私にもあった。自分が仕事最優先で働いていた頃、同僚の妊娠による産休や結婚による退職などがあると、自分の仕事が余計に増える事が気に入らなかった。不妊治療中の友人と連絡が途絶えがちになり、なぜラインの返信すら出来ないのか理解できず、遊んでくれなくてつまらないと思い、彼女が妊娠してからもこちらから進んで連絡を取らなくなった。今思い出すと、なんて独りよがりで想像力の無い発想だったのだろうと恥ずかしくなる。思っていただけで口にしなかったことだけがせめてもの救いだったと思う。
でも、それくらい私は知らなかったのだ。妊娠・出産がどれだけ奇跡的な事なのか、不妊治療がいかに大変で先が見えない不安の中に置かれるのか、それらはどちらもお金で買えるものではなく、仕事の分量とか友達とのラインのやり取りと比較できることではないという事を。知らないから想像できず、何の悪気もなく思っていた。仕事の負荷が掛かる事への不満に関しては、当時の職場の環境も影響していたと思う。数年前の話だけれど、まだまだ色々な制度が整っておらず、人員に対して業務過多で職場全体が殺伐としていた。その中で私自身が謀殺されていたことも起因していると思う。
だから私はドラマを見て、女性スタッフに自分を重ねて恥ずかしく思う一方で、彼女たちを叱る上司に対して「そうぼやく原因は職場環境にもあるんじゃないの?」と思ってしまった。スタッフが心に余裕がない発言をしてしまう原因を考えるのが管理職の仕事じゃないの?と。
もし当時の私がこのドラマを見ていたら、考え方が変わるきっかけにはなっていたと思う。そして今、ドラマを見て過去の自分を振り返ることができてよかったと思う。いいドラマに出会えてよかった。
【ちょっとずつ春】
3月も後半になり、私が住む本州最北端もちょっとずつ春らしくなってきた。桜や新緑はまだだけど、朝寒さで目を覚ますことはなくなったし、日中に散歩に出掛けられる気候になってきた。歩き好きには暖かくなってきたのはありがたい事なのだけど、私は春が苦手だ。学生時代、春は年度が変わって環境が変わる季節で、変化への対応が苦手な私は人間関係で余計な神経を使い疲れてどんどん内向きになっていった。仲の良かった友人が新しいコミュニティで楽しくやっているかと思うと連絡も出来なくなったり、とにかく春は苦い思い出ばかりがある。さすがに学校を卒業してしばらく経った今はそれほど神経質にならないけど、春特有の新年度とか新しいことを始めよう的な明るく前向き度100%の風潮はやっぱり苦手。そういう話題が落ち着く5月くらいに早くなってほしいなぁと思う今日このごろ。そのころにはきっと内向き度も少し減るだろう。
なんかいろいろ書こうと思ってたのにドラマの話題で白熱したのでエネルギー切れ。もっと書きたい事あったはずなんだけどな。そうなる前にもうちょっと軽いスタンスでこまごまと書けばいいんじゃないかと思うんだけどね。
【考えるきっかけ】
3ヶ月間毎週楽しみに見ていたドラマが終わってしまった。『アンナチュラル』『BG』『99.9%』『隣の家族は青く見える』を最後まで楽しんだ。(ちなみに『君が心に棲みついた』は登場人物の心の病み具合に引っ張られそうになり、途中で離脱。)『アンナチュラル』はミステリー好きの夫も気に入っていた。見終わった後にお互いに見つけた伏線を言い合うのが面白かった。
それ以上に記憶に残っているのが『隣の家族は青く見える』だった。松山ケンイチと深田恭子という、アラサーの私には10代の頃にいっぱいドキドキさせられた二人が夫婦役で、妊活に励んでいく。テーマが妊活だけだと視聴者が絞られるからなのか、二人が住むコーポラティブハウスに住む他の家族たちも事実婚、お受験ママ、同性愛など背景が込み入っていて、見ている側に色々なテーマを投げかけていた。
このドラマも毎週夫婦で見て、見終わるとドラマで語られていたテーマについて2人で話をした。ネットで目にした関連記事でも話題になっていたが、不妊治療の様子がとてもリアルに細かく映されていた。前半では超混雑する産婦人科の待合室や、その中で他人事のように振る舞う夫達など…ここまで映しちゃうの?という場面がたくさんあった。これは後で知ったことだが、ドラマの医療監修をされた産婦人科の医師が製作陣にドラマではなく教育番組として知識をきちんと伝えてほしい、という思いで不妊治療の一般的な流れや用語などをドラマに組み込んでもらっていたらしい。そのリアルさが、まさに妊活なうな私たち夫婦にはグサグサ刺さったのだった。
印象に残っているシーンは沢山あるのだが、一つ昔の自分を見ているようでいたたまれなくなったシーンが後半の放送回であった。不妊治療に苦戦する深キョン演じる奈々が意を決して職場の人たちに不妊治療をしていることを宣言する。その為に体力を使う仕事のシフトを変わってもらうなど迷惑をかけてしまうがよろしくお願いします、と。上司の男性はもっと早く相談してくれてよかったのに、と快諾するが、若い女性スタッフは微妙な雰囲気。そして次の回で女性スタッフ同士で、不満を漏らす。不妊治療とか妊娠っていうと何でも許される傾向があるよね、と。そばで聞いていた上司にお互い様だからそういう風に言ってはいけないと指摘されて場面は展開するのだが、私は女性スタッフ達がかつての自分と重なって見えていたたまれなくなった。口にはしなくても同じような事を思っていたことが私にもあった。自分が仕事最優先で働いていた頃、同僚の妊娠による産休や結婚による退職などがあると、自分の仕事が余計に増える事が気に入らなかった。不妊治療中の友人と連絡が途絶えがちになり、なぜラインの返信すら出来ないのか理解できず、遊んでくれなくてつまらないと思い、彼女が妊娠してからもこちらから進んで連絡を取らなくなった。今思い出すと、なんて独りよがりで想像力の無い発想だったのだろうと恥ずかしくなる。思っていただけで口にしなかったことだけがせめてもの救いだったと思う。
でも、それくらい私は知らなかったのだ。妊娠・出産がどれだけ奇跡的な事なのか、不妊治療がいかに大変で先が見えない不安の中に置かれるのか、それらはどちらもお金で買えるものではなく、仕事の分量とか友達とのラインのやり取りと比較できることではないという事を。知らないから想像できず、何の悪気もなく思っていた。仕事の負荷が掛かる事への不満に関しては、当時の職場の環境も影響していたと思う。数年前の話だけれど、まだまだ色々な制度が整っておらず、人員に対して業務過多で職場全体が殺伐としていた。その中で私自身が謀殺されていたことも起因していると思う。
だから私はドラマを見て、女性スタッフに自分を重ねて恥ずかしく思う一方で、彼女たちを叱る上司に対して「そうぼやく原因は職場環境にもあるんじゃないの?」と思ってしまった。スタッフが心に余裕がない発言をしてしまう原因を考えるのが管理職の仕事じゃないの?と。
もし当時の私がこのドラマを見ていたら、考え方が変わるきっかけにはなっていたと思う。そして今、ドラマを見て過去の自分を振り返ることができてよかったと思う。いいドラマに出会えてよかった。
【ちょっとずつ春】
3月も後半になり、私が住む本州最北端もちょっとずつ春らしくなってきた。桜や新緑はまだだけど、朝寒さで目を覚ますことはなくなったし、日中に散歩に出掛けられる気候になってきた。歩き好きには暖かくなってきたのはありがたい事なのだけど、私は春が苦手だ。学生時代、春は年度が変わって環境が変わる季節で、変化への対応が苦手な私は人間関係で余計な神経を使い疲れてどんどん内向きになっていった。仲の良かった友人が新しいコミュニティで楽しくやっているかと思うと連絡も出来なくなったり、とにかく春は苦い思い出ばかりがある。さすがに学校を卒業してしばらく経った今はそれほど神経質にならないけど、春特有の新年度とか新しいことを始めよう的な明るく前向き度100%の風潮はやっぱり苦手。そういう話題が落ち着く5月くらいに早くなってほしいなぁと思う今日このごろ。そのころにはきっと内向き度も少し減るだろう。
なんかいろいろ書こうと思ってたのにドラマの話題で白熱したのでエネルギー切れ。もっと書きたい事あったはずなんだけどな。そうなる前にもうちょっと軽いスタンスでこまごまと書けばいいんじゃないかと思うんだけどね。
2018年2月23日金曜日
はじまりとおわりと
前回の投稿から3週間以上空いてしまった。
2月に入ってからそれまでの数ヶ月と生活リズムが一変。
早く日常を取り戻すためにSNSを見る頻度を意識的に減らしてる内に、何かを投稿したい、伝えたい、という気持ちも薄れてきた。
ネットでのバーチャルな世界ではなく現実での生活に向き合っている、という意味では良い傾向なのだけど、それはそれで私はどんどん内向きになっていく。
時々こうして、自分の本音とか考えとか日常のとりとめのない事を吐き出したい。
そうする事でまた現実社会で適切な立ち振る舞いを出来ると思う。
つくづく面倒くさい人間だな、私って、と思う。
【4ヶ月ぶりの社会復帰】
2月から職場に復帰した。働くのは4ヶ月ぶりだ。
復帰にあたって長い時間をかけて不安な点を事前に解消していたこともあり、予想以上にスムーズに復帰して働いている。
嬉しかったのは、仕事に復帰して最初の1週間ほど会う人が皆「おかえりなさい」とか「久しぶりだね」と明るく迎えてくれた事だった。
休職前の絶不調な時は、会社全体のアットホームな雰囲気が内向きで排他的に思えて嫌だったが、そのアットホームさが私を職場に戻りやすくしてくれた。復帰して前よりは冷静に考えられる最近も、内向きさゆえの問題を感じることはあるけれど、その中でどう考え行動するかは結局自分次第だ、と考えられるようになった。そんな風に前向きに考えられるようになった事に自分のメンタルの回復を感じながら、嫌なこともあるけど毎日健全に働いている。
【やめたこと】
休職中、何か前向きなことがしたくて始めたスカイプ英会話をやめた。
理由は単純に時間が無くなかったからだ。
仕事をしていると、通勤や準備の時間も含めると一日の半分近くが仕事の為に使われる。
あと半分の内に睡眠や食事や家族とのコミュニケーションや自分の好きなことの為に使うと考えた時に、私の中で英会話の優先順位は低かった。
やめると決めたものの、月の会費がかかるギリギリまで迷って退会手続きを始めると「本当にいいんですか?」「もう少し安いコースに変更しては?」「今までの記録はなくなりますよ」などとやめさせない為の宣伝文句が私に迫ってきて、決断をグラつかせた。
そんなありきたりな広告文句で揺らいでしまう意思が弱い私に夫は間髪入れず「やめても後悔しないよ」とバッサリ言い放った。
夫の一言で手続きを続けて辞めてから数日、今のところ1ミリも後悔していない。
英会話をしていた数ヶ月間、日本人よりフィリピン人の講師と話す時間の方が長かったと思う。おかげで英語力は上達…はしていない。特に。多分それもやめようと思った理由の一つだと思う。
次に言語を集中的に学ぶときは、試験とか資格とか結果が出る目標を設定してそのために取り組もうと思う。その方が私は頑張るだろう、というのがスカイプ英会話をやって学んだことだ。それが分かっただけでも十分だろう。
【妊活のこと】
「今年は妊活の年にする」と人に会うたびに言っている。宣言しつつも何をどう始めたらいいのかよくわからなかった。すると、有難いことに色々教えてくれる人が周りにたくさんいた。
おすすめのアプリを教えてくれたり、使わなくなった妊活グッズを譲ってくれたり。ありがたやありがたや。
一人っ子の私は、幼少期から親をはじめ周りの大人に甘やかされた環境にいて、何か初めてのことをするとなると、全部周りの大人たちが段取りをしてくれた。(おかげで年齢や経験値の割に知らないことが結構多い。)それに察する能力が極めて低いので、教えてもらわないと何をしたらいいのかわからない。
だから、妊活経験者の知り合いが「お節介かもしれないけど」と言いつつあれこれ教えてくれたり世話を焼いてくれるのが非常にありがたく、心地よい。それをお節介というならば、お節介大歓迎!
そんな訳で、今は薦めてもらったアプリといただいた妊活本を熟読しながら、やるべきことを書き出してひたすら情報収集している今日この頃。もう少し自己顕示欲が沸いてきたら、妊活アカウントでも作ろうかな。
今は目の前の仕事や自分の事といった、現実社会に向き合う時間だと思いつつもやっぱり楽しい計画も好き。
有難いことに3月、4月と旅行の計画が持ち上がってるのが楽しみで仕方ない。5月はまだ空いてるから何か考えようとソワソワしている。楽しみにもお金が必要。お仕事頑張ろう。
英会話をしていた数ヶ月間、日本人よりフィリピン人の講師と話す時間の方が長かったと思う。おかげで英語力は上達…はしていない。特に。多分それもやめようと思った理由の一つだと思う。
次に言語を集中的に学ぶときは、試験とか資格とか結果が出る目標を設定してそのために取り組もうと思う。その方が私は頑張るだろう、というのがスカイプ英会話をやって学んだことだ。それが分かっただけでも十分だろう。
【妊活のこと】
「今年は妊活の年にする」と人に会うたびに言っている。宣言しつつも何をどう始めたらいいのかよくわからなかった。すると、有難いことに色々教えてくれる人が周りにたくさんいた。
おすすめのアプリを教えてくれたり、使わなくなった妊活グッズを譲ってくれたり。ありがたやありがたや。
一人っ子の私は、幼少期から親をはじめ周りの大人に甘やかされた環境にいて、何か初めてのことをするとなると、全部周りの大人たちが段取りをしてくれた。(おかげで年齢や経験値の割に知らないことが結構多い。)それに察する能力が極めて低いので、教えてもらわないと何をしたらいいのかわからない。
だから、妊活経験者の知り合いが「お節介かもしれないけど」と言いつつあれこれ教えてくれたり世話を焼いてくれるのが非常にありがたく、心地よい。それをお節介というならば、お節介大歓迎!
そんな訳で、今は薦めてもらったアプリといただいた妊活本を熟読しながら、やるべきことを書き出してひたすら情報収集している今日この頃。もう少し自己顕示欲が沸いてきたら、妊活アカウントでも作ろうかな。
今は目の前の仕事や自分の事といった、現実社会に向き合う時間だと思いつつもやっぱり楽しい計画も好き。
有難いことに3月、4月と旅行の計画が持ち上がってるのが楽しみで仕方ない。5月はまだ空いてるから何か考えようとソワソワしている。楽しみにもお金が必要。お仕事頑張ろう。
2018年1月29日月曜日
新潟・新潟駅~駅直結のお土産屋、ぽんしゅ館は新潟愛に溢れてた~
2017年1月、新潟市でお店を始めた友人家族を訪ねた際に
駅前の面白い場所、という事でぽんしゅ館を教えてもらった。
調べてみると、駅直結ではあるが少し離れてそう。
越後湯沢に出来た時に話題になったそうで、テレビで見たような気もしなくもない。
謳い文句は「越後のお酒ミュージアム」。
利き酒も出来るらしいが、お酒があまり飲めない私はさほどテンションは上がらず…
とはいえせっかく新潟まで来たし、話のネタと一緒に土産の日本酒を買おうと思い、
帰りの新幹線までの待ち時間に立ち寄る事にした。
新幹線の出発まで約1時間ほど。ちょっと立ち寄ったらカフェに移動して時間を潰そう
と思っていたが、足を踏み入れていると大きな見当違い。
そこは新潟県の美味しい物が詰め込まれたレジャー施設だった。
一言で表せば、新潟の美味しい物が沢山揃っているお土産屋さん、なのだが
店内は、お店側の「買ってもらいたい」そのために新潟のいい物を知ってもらいたい
という気持ちに溢れていて、訪れた人が買いたい!と思う仕掛けが随所に施されていた。
まず驚いたのは、試飲・試食の充実ぶりだ。
ぽんしゅ館の一番の売りは越後のすべての酒蔵のお酒が試飲できる
『利き酒ミュージアム 唎き酒番所』である。
コインを買って、好きなお酒をお猪口一杯分飲むことができる。
お酒のアテの塩も置いてあり、気持ちよく飲み比べられるよう準備されている。
お酒が苦手な私は見学程度に素通りしただけだが、
店内でこのコーナーが一番賑わっており、スタッフも熱心に解説をしていた。
味を確認しながら選んで買うって、とても楽しい。
美味しいとか甘いとか辛いとか、根拠を持って買うと、帰ってから飲んだり食べたりするのがより楽しくなると思う。
人にあげる時も感想やうんちくを添えたくなるし、貰った方も嬉しさがアップすると思う。
ぽんしゅ館の凄い所は、味を確認しながら選べる楽しさを沢山用意してる事だ。
酒に留まらず、味噌・醤油も味見が出来る。
私は醤油は日常的に使うし、塩分が多いとか味に違いがある事は知っているものの
比較した事は無いし、違いを形容する事が出来ない。
(刺身用醤油として売られている物を買って使って、あー確かに、と思う程度である。)
そんな醤油素人でもぽんしゅ館で並んでいる醤油を味見すると、味の違いがある事がわかり
比較していくと、好き嫌いとかどの料理に合いそうとかわかってくるから面白い。
味見をした結果、当然のように気に入った醤油を購入した。
ぽんしゅ館の楽しく買い物をさせる工夫は試飲だけではない。
数多ある商品の比較や解説がわかりやすく紹介されていた。
例えば、旅先でついつい買ってしまうレトルトカレー。
お土産屋で働いていた時、若者旅行者のお土産カゴで見かける事が多かった。
自分用に買ったり、1人暮らしの友人や恋人に買っていくのだろう。
私も独身の時は良く貰っていたし、自分も買っていたからその便利さ、わかる。
レトルトカレーコーナーを作るお店は時々見掛けるが、
ぽんしゅ館ではただ並べるだけでは無い工夫がされていた。
ご当地と言ってもレトルトカレーだし、胸の内では過度な期待はしておらず
パッケージやネーミングだけで選ぶ事が多いのだが、
こうやって並べられると見た目を比較したりして、楽しくなってつい買ってしまう。
おつまみコーナーには缶つまの一覧も。
缶つまは新潟の特産では無いはずなのでメーカーが製作したものだと思うが
よく知る缶つまだってこうして中身を並べて見せられると、
同行者とあれこれ好みを言い合った後に買ってしまうだろう。
ここまでの工夫ポイントでも十分好奇心が掻き立てられるのだが、
ぽんしゅ館は小さい所も工夫されていた。
商品ごとのポップが商品愛に溢れている。
例えば日本酒。『唎き酒番所』を出ると壁一面にエリアごとに分けられて並んでいて、
飲み口やアルコール度数、商品の特徴がポップに熱く書かれている。
スタッフとの会話が苦手な人もいるし、自分は飲めないけど「辛口買ってきて」と
お土産をリクエストされる場合もあるので、文字の説明も嬉しい。
商品ごとの紹介だけでなく、どこで作られたとか、どんな想いを込めたとか
その時私が手に取るまでのストーリーも伝わってくる。
生まれや育ちがわかると親近感を抱くのは人間でも物でも一緒で、
私のような感動屋はこの手のストーリーに弱い。つい買いたくなってしまう。
更に、店内全体のポップの文字、陳列台、内装が統一されている事で、
買いたいテンションを下げずに見て回りたくなるよう空間も演出されていた。
多種多様なメーカーの商品を並べるお土産屋で、
統一感のある空間を作る事は色々なハードルがあってなかなか難しい。
ぽんしゅ館の成り立ちは詳しく調べていないけど、
スタッフの熱意や生産者の理解や協力でハードルを乗り越えて
やりきっている事で、訪れた人の購買意欲を掻き立てていると感じた。
私は結局、新幹線が出発する時間のギリギリまでぽんしゅ館にいた。
つい買いたくなる工夫だらけの空間の中でどうにか自分を制して
スーツケースの余白に収められる分のお土産を買った。
私の物欲の根源である母と一緒に来ていたら、大変な量になっていただろう。
新潟駅から外に出ないで行ける通路はあるものの、
初めて訪れた者には気付きにくい場所にある事が勿体ない。
特に私が訪れた時は駅の工事をしていて、ぽんしゅ館までの道案内が見付けにくかった。
私は新潟駅を訪れる旅行者には全員、ぽんしゅ館をお勧めしたい。
もちろん駅構内にもお土産屋は沢山あるが、楽しく買える度が全く違う。
自分用でも配る用でも、買って帰るなら楽しく買えた物の方がいいと思う。
貰う方だって、うんちくや買った理由が一言添えられてたらより嬉しくなると思うから。
駅前の面白い場所、という事でぽんしゅ館を教えてもらった。
調べてみると、駅直結ではあるが少し離れてそう。
越後湯沢に出来た時に話題になったそうで、テレビで見たような気もしなくもない。
謳い文句は「越後のお酒ミュージアム」。
利き酒も出来るらしいが、お酒があまり飲めない私はさほどテンションは上がらず…
とはいえせっかく新潟まで来たし、話のネタと一緒に土産の日本酒を買おうと思い、
帰りの新幹線までの待ち時間に立ち寄る事にした。
新幹線の出発まで約1時間ほど。ちょっと立ち寄ったらカフェに移動して時間を潰そう
と思っていたが、足を踏み入れていると大きな見当違い。
そこは新潟県の美味しい物が詰め込まれたレジャー施設だった。
一言で表せば、新潟の美味しい物が沢山揃っているお土産屋さん、なのだが
店内は、お店側の「買ってもらいたい」そのために新潟のいい物を知ってもらいたい
という気持ちに溢れていて、訪れた人が買いたい!と思う仕掛けが随所に施されていた。
まず驚いたのは、試飲・試食の充実ぶりだ。
ぽんしゅ館の一番の売りは越後のすべての酒蔵のお酒が試飲できる
『利き酒ミュージアム 唎き酒番所』である。
コインを買って、好きなお酒をお猪口一杯分飲むことができる。
お酒のアテの塩も置いてあり、気持ちよく飲み比べられるよう準備されている。
お酒が苦手な私は見学程度に素通りしただけだが、
店内でこのコーナーが一番賑わっており、スタッフも熱心に解説をしていた。
味を確認しながら選んで買うって、とても楽しい。
美味しいとか甘いとか辛いとか、根拠を持って買うと、帰ってから飲んだり食べたりするのがより楽しくなると思う。
人にあげる時も感想やうんちくを添えたくなるし、貰った方も嬉しさがアップすると思う。
| 酒器コーナーも充実 |
ぽんしゅ館の凄い所は、味を確認しながら選べる楽しさを沢山用意してる事だ。
酒に留まらず、味噌・醤油も味見が出来る。
| 匂い・色・味の比較ができる 動画から切り取ったので画質悪い |
| なぜ醤油を厳選しないの?と新しい価値観を提案 |
私は醤油は日常的に使うし、塩分が多いとか味に違いがある事は知っているものの
比較した事は無いし、違いを形容する事が出来ない。
(刺身用醤油として売られている物を買って使って、あー確かに、と思う程度である。)
そんな醤油素人でもぽんしゅ館で並んでいる醤油を味見すると、味の違いがある事がわかり
比較していくと、好き嫌いとかどの料理に合いそうとかわかってくるから面白い。
味見をした結果、当然のように気に入った醤油を購入した。
| 味噌コーナー。ご遠慮せずに、という案内文が優しい。 |
数多ある商品の比較や解説がわかりやすく紹介されていた。
例えば、旅先でついつい買ってしまうレトルトカレー。
お土産屋で働いていた時、若者旅行者のお土産カゴで見かける事が多かった。
自分用に買ったり、1人暮らしの友人や恋人に買っていくのだろう。
私も独身の時は良く貰っていたし、自分も買っていたからその便利さ、わかる。
レトルトカレーコーナーを作るお店は時々見掛けるが、
ぽんしゅ館ではただ並べるだけでは無い工夫がされていた。
| ご当地レトルトカレー一覧。種類の多さにも驚き。 |
ご当地と言ってもレトルトカレーだし、胸の内では過度な期待はしておらず
パッケージやネーミングだけで選ぶ事が多いのだが、
こうやって並べられると見た目を比較したりして、楽しくなってつい買ってしまう。
| 日本酒コーナーの近くにあるおつまみコーナーにも同じような看板が。 |
おつまみコーナーには缶つまの一覧も。
缶つまは新潟の特産では無いはずなのでメーカーが製作したものだと思うが
よく知る缶つまだってこうして中身を並べて見せられると、
同行者とあれこれ好みを言い合った後に買ってしまうだろう。
ここまでの工夫ポイントでも十分好奇心が掻き立てられるのだが、
ぽんしゅ館は小さい所も工夫されていた。
商品ごとのポップが商品愛に溢れている。
例えば日本酒。『唎き酒番所』を出ると壁一面にエリアごとに分けられて並んでいて、
飲み口やアルコール度数、商品の特徴がポップに熱く書かれている。
スタッフとの会話が苦手な人もいるし、自分は飲めないけど「辛口買ってきて」と
お土産をリクエストされる場合もあるので、文字の説明も嬉しい。
| 夫の地元である上越のコーナー。文章量がすごい。 |
その時私が手に取るまでのストーリーも伝わってくる。
生まれや育ちがわかると親近感を抱くのは人間でも物でも一緒で、
私のような感動屋はこの手のストーリーに弱い。つい買いたくなってしまう。
| 新潟は広い。エリアごとに食の得意も異なる。 |
| 複数のワイナリーのワインを一緒に紹介。 これを作るのも容易ではないだろう。 |
更に、店内全体のポップの文字、陳列台、内装が統一されている事で、
買いたいテンションを下げずに見て回りたくなるよう空間も演出されていた。
多種多様なメーカーの商品を並べるお土産屋で、
統一感のある空間を作る事は色々なハードルがあってなかなか難しい。
ぽんしゅ館の成り立ちは詳しく調べていないけど、
スタッフの熱意や生産者の理解や協力でハードルを乗り越えて
やりきっている事で、訪れた人の購買意欲を掻き立てていると感じた。
| コシヒカリ3合分。パッケージも並べ方も可愛い。 |
| 新潟土産の定番の柿ピー。 お店にマッチして並んでる |
つい買いたくなる工夫だらけの空間の中でどうにか自分を制して
スーツケースの余白に収められる分のお土産を買った。
私の物欲の根源である母と一緒に来ていたら、大変な量になっていただろう。
新潟駅から外に出ないで行ける通路はあるものの、
初めて訪れた者には気付きにくい場所にある事が勿体ない。
特に私が訪れた時は駅の工事をしていて、ぽんしゅ館までの道案内が見付けにくかった。
私は新潟駅を訪れる旅行者には全員、ぽんしゅ館をお勧めしたい。
もちろん駅構内にもお土産屋は沢山あるが、楽しく買える度が全く違う。
自分用でも配る用でも、買って帰るなら楽しく買えた物の方がいいと思う。
貰う方だって、うんちくや買った理由が一言添えられてたらより嬉しくなると思うから。
| 新潟のお米で作った爆弾おにぎり。食べたかったけど胃袋に余裕無く断念。 |
新潟駅直結(※ただしちょっと歩く)
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